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生駒山麓から

        生駒山麓から++あちこちの自然などを紹介していきます。

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2011.05
25


20:35
Category : さんぽ_奈良
つかの間の晴れ間。まもなく梅雨入り。

近鉄奈良駅_10:00_興福寺・猿沢池__(1) 名勝 旧大乗院庭園__(2) 浮見堂__(3) 高畑_(4) 下の禰宜道(しものねぎみち)_春日大社参道_(5) 県新公会堂__(6)(7) 若草山麓_(8) 手向山八幡宮・三月堂・二月堂_(9) 龍蔵院・宝蔵院・持宝院・龍松院_正倉院_(10) 大仏池_(11) 戒壇院_水門町__(12) 奈良県庁_13:40 奈良駅

narakouen1_20110529230506.jpg

① 名勝 旧大乗院庭園
daijyouin.jpg「大乗院は、興福寺にあった塔頭(たっちゅう)の一つとして、1087年(寛治元年)に創建され、平安時代から江戸時代に栄えた門跡寺院のひとつ。

鎌倉時代の南都焼き討ちによる焼失後に現在地に移り、廃仏毀釈の影響で明治初年に廃寺となるまで存続していました。

室町時代には、徳政一揆で荒廃しましたが、
その後、門跡「尋尊大僧正」の依頼により、銀閣寺庭園を作った作庭の名手である「善阿弥」によって改造されます。

将軍足利義政を始め公家たちがしばしば拝観に訪れ、以降、明治初頭まで南都随一の名園と称えられていました。

一時は奈良ホテルのテニスコートやパターゴルフ場が設置されたこともありましたが、戦後その一部が整備され、1958年(昭和33年)国の名勝に指定されるに至りました。

1995年からは奈良文化財研究所による発掘調査と並行して、江戸時代末期の門跡・隆温が描いた「大乗院四季真景図」をもとに復元工事が進められ、この度、平城遷都1300年祭に伴い、一般公開を開始いたしました。」

ということです。


② 浮見堂

大正5年に建てられた、檜皮葺き(ひわだぶき)六角形のお堂です。
旧浮見堂が老朽化したために、平成3年から平成6年にかけての3年間の修復工事によって、蓬莱橋と浮見堂が再現されました。昔は「浮御堂」と書いていたのですが、神仏と関係がないことから改名して「浮見堂」となりました。

ukimidou.jpg

③ 志賀直哉旧居から西筋の土塀です。
takabatake.jpg

④ ささやきの小径から春日さんの参道へ近道です。
F1000001_20110528225855.jpg kasugasandou.jpg

⑤ 県の新公会堂ですが、来月は、”あじさい”で来客も多くなるでしょう。
koukaidou.jpg

燈火会の会場となる。いわゆる、⑥「奈良公園」です。南大門と東大寺の甍が遠望できます。
toudaiji.jpg

⑦ 若草山は、修学旅行・遠足の生徒・園児に加えて一般の旅行者の方も多く。混雑気味でした。

⑧ 手向山八幡宮は、団体客からはスルーされていました。
tamukeyama.jpg

このたびは幣(ぬさ)もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに
菅原道真<古今和歌集>
今度の旅はあわただしく、幣をささげることもできない。せめて、錦のように美しいこの手向山のもみじを、幣のかわりに神のみ心のままにお受けください。


二月堂から東大寺大湯屋への石段道は写生を楽しむ方々に占領されていました。入江泰吉さんのお気に入りの「構図」ではありますが・・・。
ということで、水彩画風に、加工してしまいました。スイマセン。
nigatudousandou.jpg

⑨ 東大寺塔頭 龍蔵院の静かな土塀。
ryuzouin.jpg


正倉院の倉は、平日であれば、外からは、無料で公開していただいています。次々やってくる見学者の間隙で写真を撮りましたが、逆光気味で、もひとつでしたので、不掲載です。
宮内庁正倉院事務所の南に⑩ 大仏池があります。
秋は、銀杏の木の写生スポット。ここで、亀さんとにらめっこしながら休憩。
kame.jpg

(11) 戒壇院に「せんだん」と思われる花が咲いていました。
sendan.jpgkentyou.jpg
ここから、水門町をひたすら抜け、依水園、美術館は素通り、昔ながらの知事公舎前を見て、(12)奈良県庁まで。


遠足の園児たちにも追い抜かれるような足取りでしたが、なにより、気候が味方です。


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