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生駒山麓から

        生駒山麓から++あちこちの自然などを紹介していきます。

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2012.03
08


22:13
Category : 翁と媼_大阪
思いつきで石切まで。

生駒ー石切・・・額田駅・・・枚岡神社・・枚岡駅ー生駒

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鹿は鹿島神宮の祭神・武甕槌命に由来するものである。タケミカヅチとフツヌシは出雲に出向き強談判の末、オオクニヌシに国譲りを承諾させることに成功するという役回りで登場する神であるが、春日大社の社伝では、鹿島神宮から春日大社へ勧請した際、タケミカヅチは白鹿に乗ってやって来られたそうな。それで、奈良では鹿を神の使いとして大事にしているのであるが、「なで鹿」もそれと同様のものでありますな。

なで鹿の居る前は広場になっていて、鞠場になっている。蹴鞠をする場所でありますな。秋の祭では近郷の集落から繰り出した太鼓台がここに立ち並ぶのでもあります。


<オッサンぎゃぐーなでしかじゃぱん>

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2012.03
14


15:25
Category : さんぽ_いこま
 急に暖かくなりましたが、お水取りが終わっても、まだまだ冷え込みます。

生駒の里
 (融通念仏宗) 青龍山 「観泉寺」です。江戸時代の元禄6年(1693)に龍峯が開山となって本堂を建立したと伝えられています。享保8年(1723)、凉山が中興しました


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2012.03
15


23:18
Category : 翁と媼_京都
京都 ここも歴史の宝石箱や~

近鉄 竹田駅の上に名神高速道がズバッと横切り、京都南インターが1号線と接続し、そして阪神高速道が南北にドバッと抜けている。ところが、だからなのか、幹線から一歩入った街中の細い道を抜ける車は、一旦停止線で一切徐行しない。

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 城南宮が鎮まる鳥羽の地は、平安京の表玄関に当たる交通の要衝であり、また鴨川と桂川に臨む景勝地でもありました。
 やがて貴族の別荘が建てられるようになり、平安時代の末には白河上皇が壮大な離宮(城南離宮、鳥羽離宮)を造営して院政を開始されたのです。上皇の御所や御堂、また貴族の御殿などの建物が建ち並び、人々が行き交う様子は「都遷りのようである」とその賑わいがたとえられています。
 こうして白河・鳥羽・後白河・後鳥羽上皇と4代150年にわたり政治・文化の中心となり副都心の賑わいを見せたのでした。


 薩長軍本営となった安楽寿院~天皇家ゆかりの寺院

城南宮よりも近鉄竹田駅に近いところに安楽寿院がある。ここは鳥羽上皇が造営した仏堂を起源とする天皇家ゆかりの寺院である。鳥羽天皇安楽寿院陵がすぐとなりにあり、見かけはお寺の中にあるような感じがするが、宮内庁管理となっている。下の多宝塔は、鳥羽天皇の陵墓の敷地内にある。天皇の陵墓にこのような多宝塔があるのは、極めて珍しい。

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『らー麺 藤平』京都南店で、お腹いっぱい、ほっこりして帰りました。
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2012.03
20


20:31
Category : さんぽ_奈良
ぼちぼち、肉離れのストレッチがてら、西大寺から鴻ノ池陸上競技場まで。

もともと、甲高幅広の足ではあったが、これが障害の発生しやすい足。すなわち、凹足<ボコアシ>、早く言うと「偏平足」が原因と診断されると、二の句が告げないのである。備忘録「外脛骨障害」


奈良市佐紀町付近

佐紀盾列(たたなみ)古墳群のひとつ。瓢箪山古墳。珍しく、上に登れます。
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懐かしい、㈱**総業。歌姫街道のこのお地蔵さまは不滅です。
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ヒシアゲ古墳は二重の周濠で、陵の北側の遊歩道には、ヒシアゲ古墳の復元埴輪が落ち葉の中に置かれていました。
* 宮内庁は、ヒシアゲ古墳を仁徳天皇の皇后だった磐之媛命(いわのひめのみこと)の墓に比定
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ここも、お久しぶりの航空自衛隊幹部候補生学校。
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F-1 支援戦闘機(三菱重工業社製)の展示。
1977年(昭和52年)から使用され、後継機 であるF-2支援戦闘機の開発に伴い、2006年(平成18年)退役。
ちなみに、2016年度からと見込む次々期の中期防衛力整備計画(中期防)の期間中の開発の着手を想定し、
開発経費は5000~8000億円と試算したらしい。(日本経済新聞*2010年8月25日)


こなべ古墳は、コンクリートでガッツリ囲まれてしまいましたが、うわなべ古墳は昔のままでした。
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不退寺まで行って、近鉄・新大宮駅へ帰ろうとくじけそうになりましたが、「ドリームランドの山」が見えたので、ここは男の子、奮起しました。

マンサクと梅
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ドリームランドの西外周道路沿いの見晴らしの良い豪邸が、難しく言うと、「廃墟化の過程が進行」していました。
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鴻ノ池運動公園です。
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陸上競技大会が開催されていました。
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「壊れせんべいが欲しい」というメールに従い、奈良まで戻り、三条通りの有名なお餅屋さんで買って帰りました。
F1000001_20120322235607.jpg久助(きゅうすけ)とは、製造工程で割れたり欠けたりした煎餅やあられなどを集めて、正規品よりも安い価格で販売される割れ菓子のことである。
米菓業界でよく使われている。
菓子職人・料理人の間で言う久助とは、江戸時代に幕府の献上品となり江戸市中に出回った久助葛が良質だった為、本葛のことを久助と呼んだ。(現在も同様である)

語源は、諸説あり、どの説が正しいとは決まっていない。
  • 完全なもの(十)に少し欠けている(九)ことから、「九助」となり、転じて「久助」となる。
  • 五助という職人がへまばかりするので、親方が怒りのあまり「久助」と呼び間違えた。
  • 江戸時代の奉公人に「久助」が多かったことから、奉公人がお土産に持って帰るもの。
  • 江戸時代から久助葛が作られており良質の本葛のことを菓子職人・料理人の間で久助と呼んでいた。(現在も同様である)この事から本葛の高級品「久助葛」と屑(葛)物をかけて「久助」と呼んだ。久助せんべい・久助種(お菓子を作るとき余った材料でお菓子を作る材料のこと)久助葛は、現在も作られており、この説が一番有力視されている。


奈良市長が公式に表明。

2012.3.23 02:05
 奈良市は22日、老朽化している市東山霊苑火葬場(同市白毫寺町)の移転先候補に、市北部の遊園地「奈良ドリームランド」跡地の一角を検討していることを明らかにした。すでに地権者と交渉を始めているが、周辺自治会などは反発しているという。

 この日開かれた市議会予算特別委員会で、仲川げん市長が表明した。

 市によると、同火葬場は大正5年に操業が始まり、昭和30年代から地元住民が移転を要望。市と地権者の契約では、契約時期を「使用目的を完了するまで」としており、地権者側は平成21年度以降、土地使用料の受け取りを拒否している。

 
2012.03
21


22:29
Category : 翁と媼_大阪
いいお天気なので、足を伸ばして富田林のかんぽの湯まで遠征。
いつ見ても、違和感のあるモニュメントだなあ。
高さ180mの「超宗派万国戦争犠牲者慰霊大平和祈念塔」。

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女性風呂は団体客で混雑し、生憎でした。

金剛山を望む。
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藤井寺市立道明寺東小学校さまのHPからの無断借用です。

道明寺線・長野線の誕生
 1896年(明治29年)3月、柏原・長野間の鉄道敷設を目指して、地域の有力者たちが中心となって河陽鉄道
が創立され、1898年(明治31年)3月に最初の柏原・古市(ふるいち)間が開業しました。これが、今日の近鉄道
明寺線の始まりです。
 翌4月には富田林(とんだばやし)まで延伸しますが、その時点で早くも河陽鉄道は経営危機に陥り、1899年
(明治32年)に新たに設立された河南(かなん)鉄道が事業を買い取ることで再生を図りました。
 富田林・柏原間の鉄道開通によって、南河内地域から柏原を経て大阪の街へ鉄道で行けるようになるとと
もに、道明寺天満宮などの寺社への参詣客や観光客を誘致できることにもなりました。
 1902年(明治35年)12月には、やっと長野まで延伸して高野鉄道と接続することになります。現在の近鉄長野線の誕生です。


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帰りの所要時間は、道明寺線、JR大和路線の連絡も良く、思いの外早く戻れました。

送迎バス
   16:00発 約20分
●富田林
|    近鉄長野線(準急) 大阪阿部野橋行 6分
↓古市(大阪)
|    近鉄南大阪線(準急) 大阪阿部野橋行 2分
○道明寺
|    近鉄道明寺線(普通) 柏原行 4分
○柏原(大阪)
|    JR関西本線(普通) 奈良方面
|      [大和路線]
2012.03
28


22:56
Category : さんぽ_奈良
奈良駅ー鍋屋町ー南半田町ー押上ー水門ー仁王門ー氷室神社ー雨に降られ、そそくさと帰る。

東大寺南大門 北                              氷室神社
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今年は梅が多い。梅漬け。
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飛鳥園 ティーガーデン・貸しギャラリー
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外国人はこういうところをよく知っている。
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2012.03
29


00:57
Category : 翁と媼_奈良
バスで大仏前まで シルクロード交流館と新公会堂の間に出来た渡り廊下を確認しつつ若草山へ

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足も治ってきたので、体に負荷をかけようと若草山登頂を狙いましが、媼の抵抗に遭い断念しました。
鹿をよけつつ、奈良駅前で仕入れたお弁当を頂く。
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さあ、何処へ行こうか。

水谷<ミズヤ>茶屋
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春日さんから上の禰宜道を抜けて、新薬師寺まで。

去年のおたいまつ(修二会)の籠松明です。今年は、4月8日午後5時からとなっています。
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写真美術館に入りましたが、休憩する椅子がありませんでした。喫茶店を使うか、美術館に入るか、無言の強制。
一般財団法人奈良市総合財団が指定管理者だって。ふーん。

高畑本薬師町から破石<ワリイシ>ー頭塔ー奈良町天神社の公園ー浮御堂ー江戸三ー興福寺ー奈良
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ここのトイレ前は、外回りの方たちが、休憩で、談笑しているのをよく見かけますね。(#^.^#)
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