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生駒山麓から

        生駒山麓から++あちこちの自然などを紹介していきます。

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2011.09
06


21:44
Category : さんぽ_奈良
1998年9月21日<平成10年>に台風第8号、9月22日に台風第7号と、2日連続して近畿地方に上陸した。

2つの台風の北上に伴って前線活動が活発となったため、台風による被害は広い範囲に及んだ。
 室生寺五重塔がこの台風により部分損壊<平成12年10月には修復完成>したほか、高野山の奥の院参道では杉の巨木が相次いで倒れるなどした。奈良、京都を始め、文化財が密集する関西地方を直撃したため、文化財の被害が顕著であった。


2004年10月20日<平成16年>台風第23号

 兵庫県豊岡市を流れる円山川、出石川が氾濫、京都府福知山市から舞鶴市を流れる由良川が氾濫して、浸水害が発生した。
 また、岡山県玉野市、京都府宮津市、香川県東かがわ市、愛媛県四国中央市など、西日本を中心に土砂災害が発生した。
 さらに、高知県室戸市では、高波により堤防が損壊する被害があった。
 人的被害は、兵庫県、京都府、香川県を中心に、全国で死者・行方不明者が100人近くに達する甚大な被害となった。


そして、
2011年9月1日ー5日、四国を通過した<平成23年>台風第12号
平成になって、最悪の被害となる模様。次々と被害のニュース。全貌は、見えない。



奈良県庁の展望台から生駒山を望む。
ikomayama.jpg


稲穂も頭を垂れる。
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桜の葉も色ずきはじめる。
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今回の災害に関して、田中淳夫氏のブログでの意見は傾聴すべきです。特に、マスコミの方々。

水害と人工林批判を結びつけたがる愚

1> 
毎度ながら、どうしてマスコミのレポーターは現地に入れたのだろう。歩いて入ったか、ヘリコプターを利用してスタッフだけ運んだのか。
2> 
聞きかじりの無責任な報道。
 「この辺の山はスギやヒノキばかりなのです。そうじゃないと商売にならないので植えたのですが、スギやヒノキは根が浅くて水害に弱いのです。だから土砂災害を引き起こして……」と連呼。
3>
 70歳80歳の地元の人に「この地に生まれ育って、こんな水害は初めてだ」と発言させているが、自然のサイクルはそんなに短くない。
4> 
 ただ、一点気になるのは、洪水現場に山積みになった流木である。
 流木が橋などにひっかかり、それが水をあふれさせた原因になったところは多いようだ。
 この流木は、森林が地面ごと崩れてなぎ倒されたものなのか、それとも伐り捨て間伐で林内に残された間伐材が流れ出たのかはっきりしない。
 もし間伐材が主因なら、林業にも災害の一因を作った可能性がある。
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2011.09
15


22:16
Category : さんぽ_奈良
朝刊(奈良版)の記事を見て、この暑さの中、飛び出しました。

詳しくは、こちら。
休耕田を利用した景観作り。
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hoteiaoi_2.jpg hoteiaoi_3.jpg


さて、ここでも、どうしたわけか、「飛鳥へ」行こうと、頭をよぎってしまったのです。
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飛鳥川 故人を偲ぶ石碑には、「飛鳥川はおだやかなふるさとの川・ひとたび違えば濁流は渦巻き溢れる・・・」詩:松元二郎氏・書:藤本善太郎氏がありました。

 ここで、橿原市から明日香村へ入りました。

「紀寺跡」の案内板を見て、歩き出したら、見知らぬ、自転車に乗ったおじさんに「こんにちわ」と声をかけられる。人違いか。誰に?。県(史跡)の人にか。優しい村の習慣か。
小さな集落へ。朽ちた家屋の前には整然とした畑が。

紀寺は紀氏(きのうじ)の氏寺で、藤原京の左京に聳えていた大寺院だった。しかし、都が藤原京から平城京へ遷されたたとき、紀寺も平城京へ移転し、その跡地はさびれた(ちなみに、現在奈良市の南に「紀寺町」という地名が残っている)


また、橿原市へ入りました。明日香村の北西端をテクテク。

左手に「天香具山」の標識。では、登ってやろうじゃないか。152.4メートル。
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本家か元祖か創家か知りませんが、ここにも「天岩戸神社」があり、ここで休憩・昼食。

いざ、登り始めると「やぶ蚊」の攻撃にさらされました。
その名も。「数多の蚊喰山」(あまたのかぐやま)。

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香具山から耳成山を望んで、写真だけは撮っておきましたが、非常にイライラしながら山を降りました。万葉の森まで降りて、なんとか一息つけました。

 さあ、ここから、車道を南へ、見当をつけて、途中から農道へ。すこしで、奥山集落へ入りました。「久米寺」への案内板が家の軒にぶら下がっていました。道が狭いので案内版を立てられなかったのか。
ここが、奥山久米寺。 集落の中にあって、静かな寺跡です。四天王寺式の伽藍配置の大寺院と推定されています。
今は、猫がのんびり石畳で避暑。
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                          のうきょうの「あすか北支店」は閉鎖なのかな。趣のある建物でした。

さて、写真はここまで。

これから、どこまで歩いたかといいますと。

2月に奉納される「おんだ祭」が奇祭として名高い、飛鳥坐(あすかにいます)神社 で、また休憩。

そして、飛鳥大仏で有名な「飛鳥寺」まで。

暑さは、なお増し、酒船石も近いし、ディープな明日香巡りも気力では可能でしたが、なんとバス停があり、時刻表を見るともうすぐ来るし、<熱中症はいややから>、橿原神宮駅まで帰ることになりました。

【2011/9/21】
この後、台風15号が日本列島ほぼ縦断し、太平洋側に、追い討ちの災害をもたらしました。
 気圧配置が、冬型になっており、秋があるのか、何か不安になるような季節の移り変わりです。



2011.09
24


22:51
Category : さんぽ_いこま
 15号台風一過、秋になりました。今日は、校区内の小学校の運動会。運動会日和。

朝から家事を済ませ、昼食を早めにして、外へ出たものの (-_-;ウーン どこへ行こうかな。

萩の台集落から子供の森を目指しましたが、

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オオカマキリに絡まれそうになる図
F1010005_22.jpg F1010009_2_20110926151641.jpg

結局、道を間違えて、ヤブコキはしたくないので、元に戻ってきました。
あのとき、左に行ってたら・・・・。

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2011.09
27


22:00
Category : さんぽ_奈良
早速のリベンジです。道を間違えずに矢田山「子供の森」まで。
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MTBに乗った人とすれ違ったが、立て札があるということは、コースは、結構騒々しいことになっていそうだな。

さて、何年ぶりになるのやら。そう、最低10年は来ていない。

面積は281.9haあり、平成8年(1996)に県が国有林を買収し、森林ボランティア等の協力により荒廃した森林やハイキング道の整備を進め、平成14年(2002)に、休憩舎、自然体験施設等が整備された、親子で身近に自然を楽しめる県立自然公園です。

 整備されたのは知っていましたが、こういうふうに事務所があり、人が常駐??しているとは思いませんでした。
芝生広場の景色は昔のまんまでしたが、きれいに機械で刈っておられました。平日でしたが、高齢者、幼児とそのお母さんが多く遊んでおられました。
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さあ、ここからどこへ行ったでしょう。写真4枚で終わらせます。
民族博物館へ行くつもりが、早速に子供の森からの端緒で道を誤り、偶然にも東明寺に行きつくことになりました。
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東明寺に伝わる雷さまのへそ伝説
昔、境内のひときわ高い松の木の下にカミナリさまが降りてきて昼寝をしました。庭にでたお坊さんがこれを見つけいたずらでカミナリさまのでべそを力いっぱいつかみました。驚いたカミナリは太鼓をかついで入道雲の上にかけあがりました。お坊さんの手の中にはでっかいカミナリさまのおへそが残っていました、それ以後東明寺の谷間には雷が落ちなくなったとさ・・・・。いん石だとも木の実だとも言われています。


あとは、ひたすら車の多い道を避け、住宅地や集落を抜けながら近鉄郡山駅まで
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2011.09
28


20:37
Category : さんぽ_奈良
昨日の今日なのですが、自信がついたのか、今日は法隆寺までの矢田丘陵縦走です。

奈良県の”矢田山遊びの森ハイキングマップ №6”
さつき台住宅地の南端から取りつき、榁ノ木峠(むろのきとうげ)まで40分。
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榁ノ木峠から頂上展望台・・南僧坊谷池まで 約1時間。
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180度パノラマは、杉の木が成長して、今は無理でした。
さらに、展望台もミシミシと音が鳴って、少し不安な構築物になりつつありました。

ならば、「見晴らし良し」の国見台。天理から桜井方面。
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歩き始めて、ここまで2時間。
貴重なパンを1個と家で作ってきた麦茶で昼食。なんて、貧しいのだ。

一気に松尾寺まで。約30分。証拠写真2枚。
F1010012_22_20110930223035.jpg F1010014_22.jpg

松尾寺南門から1丁毎のの石柱があり、参道であろうと予想し、これにしたがって下って行きました。
11丁のところで、法隆寺CCのゴルフ場に出ました。

仏塚古墳の案内板あたりの里山風景のパノラマです。
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天満池の手前を東へ折れ、「ふれあい交流センターいきいきの里」の前を通って、法輪寺へ向かいます。

 法輪寺手前の道路脇の青い自販機が邪魔でしたが、HDR写真でなんとかごまかそう。
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斑鳩の北の端、三井(みい)の里にある法輪寺は、聖徳太子の御子 山背大兄王創建とも伝えられ、飛鳥時代の仏像と、昭和五十年再建の飛鳥様式の三重塔で知られています。
 三重塔は、1944年、雷火で焼失後、作家の幸田文らの尽力で寄金を集め、1975年に西岡常一棟梁により再建されたもの。焼失した塔は、近隣の法隆寺、法起寺の塔とともに斑鳩三塔と呼ばれ、7世紀末頃の建立と推定される貴重な建造物であった。




法輪寺からは、中宮寺を見て、ひたすらJR法隆寺駅を目指してラストスパートです。
途中、私立の幼稚園(保育園)に「JAL」の飛行機が係留されていました。
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これで、当分、矢田山には入らないでしょう。

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